大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2857号 判決

原告

安祥祐

被告

ジャパレンサービス株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金九〇万五六一円及び内金八二万五六一円につき平成三年九月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五〇分し、その四九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金三九八七万円及び内金三六二五万円につき平成三年九月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告渡邉が被告ジヤパレンサービス株式会社(以下「被告ジヤパレン」という。)の所有する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)の荷台に張賢燮(以下「亡張」という。)を同乗させて運転中、カーブで亡張が積荷とともに振り落とされ、その翌日に死亡した事故について、亡張の母である原告が、被告ジヤパレンに対して自倍法三条に基づき、被告渡邉に対して民法七〇九条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

日時 平成三年九月三日午前一一時ころ

場所 北九州市若松区大字安屋一六六番地先路上

態様 被告渡邉が被告車の荷台に机などを積み、亡張及びその他の作業員に命じて亡張らを荷台に乗車させ、積荷を監視させて被告車を運転していたところ、亡張がカーブで積荷とともに荷台から振り落とされ、脳挫傷等の傷害を負い、本件事故の翌日に死亡した(以上につき争いがない。)。

2  責任

被告ジヤパレンは自賠法三条に基づき、被告渡邉は民法七〇九条に基づきそれぞれ本件事故に関して生じた損害を賠償する責任がある(甲一、乙一ないし一七)。

3  相続関係

原告は、亡張の母であり、亡張のすべての権利義務を相続した(甲二、三、弁論の全趣旨)。

4  損害の填補

原告は、本件事故に関し、自倍責保険から二六一二万円の支払を受けた(争いがない。)。

二  争点

1  損害額(逸失利益、死亡慰謝料、弁護士費用)(原告は、亡張は日本に出稼ぎに来ていたもので、長期間にわたつて日本に滞在し就労する予定であつたとし、このような場合、外国人労働者の母国での収入を基礎にして逸失利益、慰謝料を算定することは、憲法における法の下の平等の原則、国際人権規約の理念に照らして許されず、外国人労働者についても日本人と同等の賠償額を認めるべきであると主張する。これに対して被告らは、亡張の在留資格が観光目的の「短期滞在」であり、不法就労で、近い将来出国する状況にあつたから、逸失利益の算定にあたつては、亡張が本件事故前に母国で得ていた所得を基準とすべきであり、ILO統計による平成二年の韓国における男子建設労働者の月額平均賃金七九万九九〇ウオンに、平成五年六月一一日の為替相場である一〇〇ウオン、一三円三六銭を適用して換算した月額一〇万五六七六円を基礎とすべきであると主張する。また、死亡慰謝料についても、その受領者が生活している国の物価水準、賃金水準等も考慮して算定すべきであると主張する。)

2  過失相殺(被告らは、亡張が積荷を乗せた状態で被告車の荷台に乗車していたのであるから、客観的にみて転落の危険が大きく、亡張もこの危険を十分予測できたはずであるが、被告渡邉が乱暴な運転をして亡張が予測できないほどの急激な遠心力が働いたとは考えられないにもかかわらず、亡張が被告車から転落したのは、亡張の危険防止措置が不十分であつたためであつて、亡張には三〇パーセントを越える過失があつたと主張する。これに対して、原告は、亡張が雇い主である被告渡邉の指示に従つて被告車の荷台に乗車し、その指示どおりに積荷の転落を防止しようとして転落死したもので、このような亡張に過失があるとはいえず、また、被告渡邉側が亡張に対して危険を強いておきながら、これを被害者側の過失として主張することは、信義則に反し許されないと主張する。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、乙一ないし一七)によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、第八回全国都市緑化北九州フエアの会場内の道路で、アスフアルト舗装され、センターラインのある車道部分の幅員が約六メートルの道路である。また、本件道路は、右会場の北ゲートから進行してくると、本件事故現場付近で、進路が南東方向から北東方向にほぼ直角にカーブしており、一〇〇分の三の上り勾配となつている。被告車の最大積載量は三トンであり、荷台部分は、長さ四・四メートル、幅二メートル、荷台床の地上からの高さ一・二五メートルで、荷台には、高さ〇・四メートルの枠が設置されている。被告渡邉は、本件事故当時、大阪市西成区内で日雇い労務者を雇い入れ、その労働者を依頼先に派遣する仕事をしていた。被告渡邉は、大阪市内にある事務所等の備品のリース等を業とする株式会社ユキモトから、右会場まで運んだ机、キヤビネツト等のリース備品を右会場内にある各事務所に運び込むための作業員を調達するよう依頼を受けた。そこで、被告渡邉は、平成三年九月一日ころ、大阪市西成区内で亡張ほか二名の者を雇い入れ、右作業員とともに右会場のある北九州市に行き、同月二日から、右作業員を使つて、机、キヤビネツト、折りたたみ椅子、冷蔵庫、洗濯機等のリース備品を右会場北ゲート付近の駐車場で被告車に積み込み、右会場内の各事務所に搬入する作業を繰り返した。そして、その翌日である本件事故当日も同様の作業をした。右運搬に際し、被告渡邉は、作業時間を節約するため、荷台の積荷にはロープをかけず、荷台に作業員を乗せて積荷が落下しないように押さえておくよう作業員に命じた。そして、本件事故当時も、被告渡邉は、北ゲート付近の駐車場で、机、キヤビネツト、折りたたみ椅子、冷蔵庫などを積み込み、荷台の左側に三名の作業員が乗車し、荷台の右側の中央よりやや後ろに亡張が乗車して出発した。その際、亡張は、被告車の右側荷台枠の上に荷台側を向いて腰掛けており、亡張が腰掛けていた付近には、スチール製の机が一台を脚を下にして荷台上に置かれ、その机の上に同様のスチール製の机が逆さまにして天板同士が接した状態で積み重ねられていた。そして、被告渡邉は、右出発地点から約四〇〇メートル進行した地点で、前記カーブを時速約一八キロメートルの速度で走行したところ、逆さまにして積み重ねられていたスチール製机が遠心力でずれ、荷台から落下しそうになつたことから、亡張がこれを支えようとしたが、支えきれずに、スチール製机とともに地面に落下した。

二  損害

1  逸失利益 一七九三万三九五七円(請求四二三七万六五〇七円)

亡張は、昭和三九年九月二三日生まれ(本件事故当時二六歳)で、本件事故当時、独身であつた。亡張は、従兄弟と二人で平成三年三月一四日に観光目的(出入国管理及び難民認定法二条の二、別表第一の三の「短期滞在」。以下、右法律を「入管法」という。)で来日したが、しばらくして所持金がなくなつたため、来日から約二週間後に、従兄弟と二人で大阪市浪速区内のマンシヨンを借り、日雇い労務の仕事を始め、一か月三五万円程度の収入を得て、死亡するまでの間に、韓国にいる母親に五、六〇万円の仕送りをしていた。ILO(国際労働機関)の統計によれば、平成二年の韓国における男子建設労働者の月額平均賃金は、七九万九九〇ウオンである。また、平成五年六月一〇日における韓国外換銀行の電信為替相場では、一〇〇ウオンが一三円三六銭である(甲一ないし三、五、乙一、七ないし九、一八、一九)。

ところで、入管法の別表第一の三「短期滞在」の在留資格をもつて在留する者は、報酬を受ける活動等をすることができず(入管法一九条一項)、右規定に違反して、報酬を受ける活動等を専ら行つていると明らかに認められる者については、日本からの退去を強制することができる(入管法二四条)ことから、亡張の来日後の就労は、違法就労であると解されるものの、本件においては、日本への入国自体が強度の違法性を有する密入国のような場合とは異なり、就労内容も日雇い労務であつて、問題がないことからすると、違法就労であることを理由に、亡張の逸失利益を否定するのは相当でない。そして、右に認定した亡張の年齢、来日後の滞在期間、就労状況、収入額に、前記入管法の規制によれば、亡張が就労を継続すれば、最終的には入管法により日本からの退去を強制されることになり、本件事故当時、亡張には退去強制の処分を免れることができる事情はなかつたと解されることをも併せ考慮すれば、亡張は、本件事故当日から三年間(中間利息の控除として三年間の新ホフマン係数二・七三一を適用)については、日本国内で得ていた一か月三五万円(年間四二〇万円)の収入を基礎とし、その後の六七歳までの三八年間(中間利息の控除として四一年間の新ホフマン係数二一・九七〇四から三年間の新ホフマン係数二・七三一を控除した一九・二三九四を適用)については、前記韓国男子建設労働者の月額平均賃金七九万九九〇ウオンに前記為替相場の換算率を適用した月額一〇万五六七六円(円未満切り捨て、以下同じ。年収一二六万八一一二円。)の収入を基礎として逸失利益を算定すべきである。また、右に認定した本件事故当時における亡張の年齢、身上関係、生活状況からすると、亡張の逸失利益の算定に関しては、その生活費として五〇パーセントを控除すべきである。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある亡張の逸失利益は、一七九三万三九五七円(前記各年収額に前記各新ホフマン係数と生活費控除率を適用)となる。

なお、原告は、亡張の逸失利益に関し、憲法における法の下の平等の原則、国際人権規約の理念に照らして、外国人労働者についても日本人と同等の賠償額を認めるべきであると主張する。しかし、逸失利益の算定において基礎となる収入額については、被害者の本件事故当時の収入額、就労状況、就労の継続性等を重要な要素とする事実認定に関する事項であつて、被害者が外国人か否かに関する問題ではないのであるから、原告の右主張は採用できない。

2  死亡慰謝料 一二〇〇万円(請求二〇〇〇万円)

原告は、死亡慰謝料についても、前記二1(逸失利益)における主張と同様に、憲法における法の下の平等の原則、国際人権規約の理念に照らして、外国人労働者についても日本人と同様の慰謝料額を認めるべきであると主張するが、本件における死亡慰謝料額は、本件訴訟の審理において現れた一切の事情を考慮して、裁判所の裁量で決定すべき事項であり、前記のとおり認定した亡張の身上関係、違法就労状況、入管法による退去強制の処分の可能性、前記ILO統計による韓国の男子建設労働者の月額平均賃金、本件事故態様、その他一切の事情を考慮すれば、死亡慰謝料としては、一二〇〇万円が相当である。

3  弁護士費用 八万円(請求三六二万円)

原告の請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、八万円が相当である。

三  過失相殺

前記一で認定したところによれば、本件事故は、被告渡邉が、亡張が運送に不慣れな日雇い労務者であることを知りながら、仕事を急ぐ余り、積荷にロープをかける等の安全措置を講じることなく、荷台に亡張らの作業員を乗せて積荷が落下しないように押さえておくよう命じ、走行中に、荷台の作業員や積荷の様子に注意を払うことなく、急カーブの道路を徐行せずに進行したため、亡張が荷台から落下して死亡したもので、被告渡邉の過失は重大であるが、他方、亡張も、被告渡邉から荷台に乗つて積荷を押さえておくよう命じられたとはいえ、荷台の枠に腰掛けた極めて不安定な姿勢で乗車していたため、急カーブで落下しかけた積荷の机を押さえようとして机とともに落下し、本件事故の発生を招いた点で過失があるといわなければならず、右の諸事情を考慮すれば、本件事故発生について、被告渡邉には九〇パーセントの、亡張には一〇パーセントのそれぞれ過失があると解される(なお、原告は、被告渡邉側が亡張に対して危険を強いておきながら、これを被害者側の過失として主張することは、信義則に反し許されないと主張するが、被告渡邉が積荷にロープをかける等の安全措置を講じることなく、荷台に亡張らの作業員を載せて積荷が落下しないように押さえておくよう命じた点で、被告渡邉が亡張に危険を強いたことは認められるものの、その際、被告渡邉が亡張に対して、荷台の枠に腰掛けた極めて不安定な姿勢で乗車することまで指示していた事情は窮えないのであるから、この点を被告張の過失として考慮することが信義則に反するとは解されない。)。

そうすると、二九九三万三九五七円(前記二1、2の損害合計額)に右過失割合を適用した過失相殺後の金額は、二六九四万五六一円となる。

四  以上によれば、原告の被告らに対する請求は、九〇万五六一円(前記過失相殺後の金額二六九四万五六一円に前記二3の弁護士費用を加えた二七〇二万五六一円から前記争いのない損害填補額二六一二万円を控除したもの)と内八二万五六一円(前記二3の弁護士費用を控除したもの)につき本件交通事故発生の翌日である平成三年九月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例